死んでも離したくない人のことを、あなたは思い浮かべられるか。───宇多田ヒカル「あなた」

楽曲レビュー

この曲を聴いたとき、ある人の顔が頭に浮かんだ。
「恩人」と呼ぶのが一番近いと思う。

自分が苦しかったとき、そっと手を伸ばしてくれた人。
何も言わなくても笑顔にしてくれた人。
そういう存在が、私にはいる。

この曲は、映画『DESTINY 鎌倉ものがたり』の主題歌として書き下ろされた楽曲だ。
宇多田ヒカル自身が「自分の死後を想像して制作した」と語っており、母親の視点から愛を綴った、彼女にとってもはじめての試みだったという。

死んでも手放せないほど、誰かを愛するということ。
その感情の重さを、彼女はこの曲に静かに、でも確かに込めている。

聴いていると、愛の話であることはわかる。
でも、それが恋愛なのか、家族なのか、もっと別の何かなのか、はっきりとは言えない感じがする。
その輪郭のなさが、むしろ誰かの顔を思い浮かべやすくしているのかもしれない。

私が思い浮かべたその人にも、きっと恩人がいる。
誰かに救われた人が、また誰かを救う。
その連鎖が、ゆっくりと、静かに、人と人の間を流れていく。
この曲を聴きながら、そういうことを考えた。

一緒にいたい、とは思う。
でも今は、それが叶う状況にない。
だからせめて、その人がいる世界を大切にしたいと思った。
その人が笑っていられる世界を、壊したくないと思った。

宇多田ヒカルはこの曲で、「あなた」という二人称を選んでいる。
彼女のこれまでの楽曲では「君」が多く使われていた。
「君」が少し距離を置いた呼びかけだとしたら、「あなた」はもっと深いところにいる存在への言葉だ。

自分の一部がその人の中にある、そういう感覚。
その違いに気づいたとき、この曲のタイトルがもう一度、違う重さで届いてきた。

愛には、いろんな形がある。
恋人でも、家族でも、恩人でも。
誰かのことを思って、胸のどこかが静かに痛むなら、それはもう十分に「愛」と呼んでいいものだと思う。

この曲を聴き終えたあと、しばらく次の曲を再生できなかった。
その余韻の中に、たぶん答えがあった気がする。

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