ミュージックアワードジャパン2026が閉幕した。
藤井風は、ステージで「Prema」を披露。
歴史に残るステージとなった。
そして、、母の藤井風愛がさらに増加したのであった。
藤井風という人は、少しだけ不思議な存在だ。
岡山弁でしゃべって、屈託なく笑って、それでいてひとたびステージに立てば、その場の空気がまるで変わる。
上品で、静謐で、何か遠いものを見ているような目をしている。
そのギャップに最初は戸惑うのに、気づけばもう、目が離せなくなっている。
「Prema」は、そんな彼の3rdアルバムのタイトル曲だ。
2025年9月にリリースされた本作は、全曲英語詞という大胆な選択のもとで生まれた。
「Prema」という言葉はサンスクリット語で、ただの「愛」ではない。
見返りを求めない、執着を手放した先にある、至高の愛を指す言葉だ。
彼はそれをアルバムのタイトルに選んだ。
その時点で、すでにこの曲には並々ならぬ覚悟が宿っている。
サウンドは、R&Bとヒップホップとジャズとゴスペルが入り混じった、90年代の黒人音楽へのラブレターのような質感だ。
韓国人プロデューサーの250(イオゴン)との共作によって生まれたこの音は、ありきたりにならないよう、ふたりが何度も問答を重ねた末に辿り着いたものらしい。
藤井風のピアノが芯に残りながら、その上に緻密に積み上げられたグルーヴは、聴くたびに少しずつ違う表情を見せる。
そして何より、歌詞の構造がおもしろい。
英語で歌われているにもかかわらず、どこか祈りのように聴こえる。
「Prema」という言葉に向かって呼びかけるように歌う藤井風の声は、愛を「伝える」というより「捧げる」という印象に近い。
彼自身は「この曲は、曲が勝手に書いてくれたような気がする」と語っている。
その言葉が、この曲のすべてを表しているような気がした。
自分のハイヤーセルフと、この曲の中で自己紹介をしている、とも語っていた。
そういう言葉が自然に出てくる人間が、岡山弁でゆるりと笑っているのだから、やはり不思議な人だと思う。
ミュージックアワードジャパンで彼のパフォーマンスを見た母が、語りを止めなかったというのも、なんとなくわかる。
うまく言葉にできないけど、何かが揺れた、という感覚。
それを「好きすぎる」という言葉に変換するしかなくなる瞬間が、この曲にはある。
英語詞であることが、逆に作用している面もあるかもしれない。
意味を完全には追えないぶん、音として、空気として、体に入ってくる。
「わかる」より先に「感じる」が来る曲だ。
それが、藤井風の「Prema」という曲の、たぶん一番の核心だと私は思っている。


